加持水との出会い3
普通の整体から入り、負のエネルギーを払えるようになった時も
「こんなこと習得してる場合なのかな」
と迷いがあったのですが、今回もこんなに金と苦労をして習得するのが呪術か⋯
もっと普通の整体法のセミナーなどに出た方がいいのではないか⋯
という思いも頭を何度もよぎりました。
メジャーなルートから外れ過ぎていてちょっと怖いですよね。
学校の教員から頭蓋骨に触れているだけの施術をするようになっただけでも大変な変化ですが、更には邪気を払うようになり、手を触れずに施術できるようになった。
これで終わりかと思ったら更には遂に呪術⋯
呪文と記号、文字ですよ。
感覚的にはどんどん時代に逆行してプリミティブな世界に向かっているわけで、進化しているのか、退化しているのか分からない。
しかし、こんなこと習おうと思って習えるものではありません。
ネットで検索しても呪術を教えるセミナーはほぼないでしょうし、あったとしても、それこそめちゃくちゃ胡散臭くて行く気になれないですよね。
とにかく何しろ効果が凄いのでお客様に喜んでもらえるだろう。
それは間違いなく良いことだ。
と思い直し、多少迷いつつも香川通いを続行することにしました。
いつでも来ていい、というのは本当でした。
呪文や、体に文字を書いて邪気を払う方法などを習って行きました。
しかし一方で、自分の力を高めるために祈祷文、祝詞などを読み上げなさいということで、だんだんと
「覚え、唱えるべき祝詞」
が増えても行きました。
祝詞、祈祷文を唱え自力を上げることと、施術をするのは両輪のようなところがあるようです。
先生はこれを毎日欠かさず、40分かけて、もちろん何も見ずに唱えているのですが、そんなことはいきなりは無理なので、重要な祝詞とあと1つ2つを選んで週に2回から3回唱えるようにしています。
これも
「施術家としてやることなのかな?」
と今でも多少疑問に思わなくもないですが続行中です。
般若心経はもちろんとっくに暗記済み、長くて大変な大祓詞も実は15年前くらいに一時期はまっていたことがあり、暗記済みなのですが、他にも長い祝詞も多く手強いです。
なかなか覚えきれません。
もちろん、古いスタイルのものなので、経はもちろん現在神道に属すると見られている祝詞も入っています。
ここはお寺だから柏手は打たない、ここは神社なので柏手を。
柏手は二礼のあと二回などと得意げに語る人がいますが、こうなったのは明治以降でずっと日本では神道も仏教も混在してきました。
お参りには実に様々なスタイルがあったようなので、民間レベルでは特に気にすることはないでしょう。
二礼二拍手も、明治政府が国家神道を確立する過程で統一しておくべきだと考えて提示したものに過ぎません。
そんななか、ある日
「水作ってみるかい」
と言われました。
病気で困っている御客さんには、水にその人の願意に沿った加持をして渡しているそうで、その日もスーパーで買ってきた2リットル六本入り段ボールに加持をしているところでした。
やり方と、放置すると水が緑なる説明などもその時に受けました。
最近あった話だとして、あるお客さんが知り合いが癌で入院しているので、何とかならないかと相談に来た。
遠隔チェックすると、もう、申し訳ないけど自分の力は及ばない状態だと思えたので断ったのだが、どうしても作ってくれと懇願されて水を作った。
ありがとうございます、とその人は喜んで病院に持っていた。
10分くらいの距離です。
それで病室に水を持ち込もうと、車から出したら全部緑色になっていたそうです。
その人にお役に立てない場合も緑色になるんだということなのですが、印象深く記憶に残っています。
ただ、これは極端な例で、皆さんの体験談を聞いていると1ヶ月くらいは問題ないようです。